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2017年3月8日水曜日

インサイドアウト:AIに仕事をとられる危機より憂慮すべき人類史の転換

 

Yuval Noah Harari: Homo Deus: A Brief History of Tomorrow

バイオエンジニアリングや、データ主義が、人類を新たな進化へ導く、と語るのはイスラエルの歴史学者ユヴァルノアハラリ氏。先日のカーネギーカウンシルでの講演が興味深かったので少しかいつまんで、雑にですが、紹介したいと思います。(わたしは著書を読んだことはありません)

  • これまでホモ・サピエンスは、大した変化を遂げていないが、次にこれから起こる進化は、人間を全く変えてしまうものとなる
  • これまで人間は外的な環境に対して様々な働きかけをして改変していったが、今度はバイオエンジニアリングなどテクノロジーを通して内部(自分の脳や身体)を書き換えていくことになる
  • その結果、これまでにないほどの格差が巻き起こる
  • 人間が外的な環境に起こした変化には、環境問題をはじめとして好ましくないものも多々あり、今後、人間に起こる内的な変化も、同様にネガティヴな影響をもたらすだろう

人間の価値、巻き起こるだろう格差

これから起きる変化について、すでに起きている分野として軍事を例にあげている。かつて、国家が、強い軍隊を作りたければ、賢い参謀や学ある隊員が多数必要だった。ところが今は、アルゴリズム、ドローンなどが、すでに人間の知能や肉体を代替えしている。これと同等のことが、文民の経済にも起こる。この格差が起きたとき、途上国は、一層貧困に苦しむことになる、と話している。雇用が、自動化によって人間からAIを備えたマシンに取って代わったとき、例えばバングラデシュの織物工場で働く人たちは、急にプログラマーに転職することは不可能である。また次の世代がどんなスキルを習得すべきか全くわからない状態で従来どおりの教育を学校は提供したままであり、テクノロジーの発展で新たな雇用が創出されることを否定している。

権限の移譲~ヒューマニズムからデータ主義に~

人類史において、権威というのは最初雲の上にあった。つまり、宗教、神または神に担保された王位、聖書が、まつりごとに限らず全てを指し示す権威だった。それが、ルネッサンスを経て、権威は人間の意思にあるとしたヒューマニズムが興り、物事の善悪も、人が決めるようになり、経済においてはお客さまが王様というよう、民に(経済においては消費者に)権威は移った。今度はその権威が、また雲の上に戻ろうとしていて、それはAmazonクラウドであり、グーグルといったIT企業である、と語る。この比喩の示すところは、著者の言う"データ主義dataism "を指し、膨大なデータをもとにAIとアルゴリズムが、人間には認識できないようなパターンを算術して判断を下し、それが正となる世界が訪れる、と言うこと。身近なところで言えば、ローンの審査や、病気の診断において、AI、アルゴリズムが判断をしていくだろう。

わたしの感想

肝心な内的な変化について、具体的に紹介する記述をしませんでしたが人間をalterする、つまり人の有り様を変えてしまうことです。単に雇用がAIやマシンに取って代わってしまうことでなく、富める者はマシンやAIを持ち、自らの身体についても、その能力を拡張したり、健康、長寿を手に入れさらに富を増幅させるのに対して、持たざる者は、仕事もなく労働価値もなく、政府の福祉や保護があるわけでもなく、自らのデータは無料で提供する一方自分が何か得られるわけでもなく、時代についていくスキルもなく、新たに取得するのも困難で、路頭に迷うばかり。この格差の根源となるデータ主義というのは、権威はデータないしアルゴリズムにあり、人間は判断をマシンに委ねるだけでなく、その判断の理由さえ理解できないまま、アルゴリズムの判断に追従する世界が到来することを指しています。

総じて、テクノロジーの発展と社会への影響に関する言説はいつも性悪説的なものと性善説的なものの二者択一に陥りがちだと感じています。大概が、AIの本質を理解せず映画のようなロボットが人類を襲来するような危機をイメージさせるといったディストピア的論考か、技術を理解しながらお祭り騒ぎのように新たな技術が医療や寿命、経済、人間性まで解決し大儲けができるといった資金調達を招こうとするスタートアップないしIT企業側のユートピア的論考のいずれかです。そんな中、ユヴァル氏の歴史とテクノロジーの両者の深い理解に基づいた忠告は非常に貴重で価値あるものだと感じます。

おまけですが、著者が、イスラエルの占領について、イスラエルが、アルゴリズムを駆使して占領を行なっていることを示しているのが興味深かったです。(なんか、悠長な表現ですいません)。完全なる監視(surveillance)、ドローン、アルゴリズムによる行動パターン認識と判断…。これにより、集団で立ち上がる(organize)のは、全く無理になったことを話しています。イスラエルがアルゴリズム立国を掲げた占領の効率化(algorithmic occupation)を現在もう行なっていることは、これからの世界の秩序の有り様に、示唆するものが多いのではないでしょうか。


脳をテクノロジーで変化させあなたを変える

さて、ここで指す、人間を内側から変えてしまうような技術について、遺伝子工学やバイオエンジニアリングなどが挙げられていますが、中には既に大衆に入手可能な、内的変化をもたらす技術もあります。ユヴァル氏の指す、内的な変化への入り口として、講演とは直接関係ありませんが、このTHYNCについて注目してみたいと思います。

人間の脳に、電流を流すことで集中力を高めたり、リラックスさせたりするのを、、アプリで端末から操作可能にした電流を流して気分を変えるテクノロジーTHYNCについて、ラジオ番組Note to Selfのホストが自ら体感したレポートがこのほど公開されました。


Note to Self "Zapping Your Brain to Bliss" 2017年3月1日



Note to Selfの番組ホストは、THYNCを装着し、電流をかけられ、効能が浸透するあいだ建物をすこし散歩し、実験室に戻ってくると、まるで大麻でリラックスしきったようなトーンで、笑いながらいつもと明らかにちがう様子でTHYNC代表と会話します。中毒性があるかどうかはわかりませんが、録音されたホストの様子の変わりようは、放送禁止用語を連発し、「どうでもよくなっちゃった」と話すなど、まるでドラッグ服用中の人みたいです。

コーヒーで目を覚ましたりヨガでリラックスする代わりに、電流を流して脳に働きかけるといったものです。このタイプのプロダクトは、FDAの規制対象とならないので、なんの規制もなく、販売できる状態にあるとのこと。なんだか、原克の「気分はサイボーグ」で検証されている19世紀後半のイカサマ電流治療法と、シンクロしています。
 

THYNCの紹介動画:This Wearable Gives You a Low Voltage Pick Me Up

このブログ記事投稿のタイトルを「インサイドアウト:AIに仕事をとられる危機より憂慮すべき人類史の転換」 としたのは、人間の感情を擬人化して描いたディズニー映画「インサイドアウト(邦題はインサイドヘッド)」と、ユヴァル氏の「外から内」へ人間が対象を拡大していったと見るナラティブと、重なる部分があると感じたからです。我々が自分たちの謎につつまれた感情や脳の働きを理解するのに、ディズニー映画のナラティブに頼ってしまうのであれば、今後起こる内的な働きかけへの受容をきっとたやすくし、簡素化された司令塔をもったマシンのような脳の描写は、より機械と同化しやすくなるのではないかと杞憂ししまいます。(映画、見てませんがね)

電流とナラティブ

19世紀の怪しい治療を取り上げたDaily Mailの記事
 
19世紀後半から20世紀初頭にかけて、さまざまなイカサマ電気治療商品が出回ったことを「気分はサイボーグ」は紹介しています。たとえば、最先端のテクノロジーでハゲているおっさんにも髪を育てることができるという「電気育毛器」や男性の生殖機能を元気にさせる「電気ベルト」など。電気神話と男らしさ(masculinity)とかが交差しているところが個人的にはとても興味深いです。
 
先述したとおり、当時も米国食品医療品法FFDAが成立するまでイカサマ医薬品を取り締まる規制がなく、その後も電気をつかった詐欺商品が多かったようです。
 
なお、すべての電気治療がイカサマなのではなく、現在軍隊では軍人の集中力を高める特別な装置としてtDCSという電流で神経刺激をするものが採用されているほか、電流をもちいた様々な神経刺激治療があります。番組ホスト自らが体験したTHYNCは効果があり、これといって害のない商品のようではありますが、こうした電気とアプリによる健康促進商品については「ライフスタイルプロダクト」のカテゴリーにはいるため、現在規制がないという点で、かなりかつての電気療法とのパラレルがあるように思えます。
 
同様に商品を宣伝する語り口も重なります。Wall Street JournalのTHYNCを紹介するビデオでは、コーヒーを飲むよりもTHYNCを使うほうが「モダンな方法である」と語っています。かつて電気治療のいかさま品が信じられたのも当時「電気」が「モダン」であるという語り口で信仰を広げていったことが「気分はサイボーグ」のなかでも述べられており、今後人間が内的な変化を求め実施していく上で、かつての語り口と同様のことが起きていることは、効能の是非とは別に注目しておくべきことでしょう。
 
冒頭の講演でユヴァル氏は、人類が外部への働きかけることで外的世界をコントロールしてきたこれまでに対し、今後は人間内部へ働きかけ、人間そのものをハックする内的世界のコントロールへと変化することを述べていました。「気分はサイボーグ」では機械と生体のハイブリッドサイボーグの先祖として高周波電流神話に注目していますが、同著のなかでも電流をつかった特許医薬品の表象世界を成立させているのが「外部から内部を操作する」という構図だとしています。
 
わくわくする革新的なテクノロジーが身近になりはじめる今こそ、その影響や是非のみならず、過去の言説から学び、改めてその語り口に注意していくことが求められているのではないでしょうか。