皮肉とは、近代の合理化を求める期待のなかで、価値規範を解体させていくプロセスであり、同時にその表れは社会病理の一つである、との解釈がある。そんな皮肉めいた動画がTikTokやインスタでバズっている。
日本では、このところAIの進展に伴って、以前からいい加減だったセキュリティループホールをまんまとやられる系の、情報漏洩のインシデントが後を絶たない。そんなときに目にしたショート動画がこれ。
90年代~2000年までの時代背景をモチーフにしてAI時代を批評する動画として最初にバズったのは、Ari Kuschnirによる動画「オープン・リビング」だ。
個人データがエネルギー源となって、バーチャルリアリティやヘッドセットによって不自由なく暮らせる循環型エネルギーの未来を描いたものだが、時代背景やサム・オルトマンの年齢も、20年以上遡り、当時の安っぽいテレビ広告のような作りがかわいらしい。
インフォマーシャルらしく、オープンリビングに居住する老夫婦がこう個人の感想を述べる。「何かを欲しくなる前にそれが用意されるから、もう二度と何も欲しがらなくていいんです」
今年9月に入ると、世界的に、AIの進展は人類の存亡にかかわる危機だとして、AI開発企業のリーダーたちが協調して開発を遅らせるとか、政府に規制をつくってもらう、とかそういった類のニュースが世間を騒がせた。そのうちに教会と対話し始めたりしてもうオカルトさながらの世界に見える。AGI開発企業が自ら手を休めず、第三者に要請するなんてはたから見れば、正直あほらしい。しかしこのあほらしい騒ぎとて、人類の存亡に関わるというのだからAGI開発企業の億万長者が「まずは教皇と話をつけさせてもらわなければ困る」と言われたら、どうぞ、そうしてください、知らんけど。という感じになろう。
AGIによる人類存亡論については、The AI Docというドキュメンタリーが全般的な議論をうまくまとめているので是非見てほしい。(まだ日本語版はない)
ただ、騙されないで頂きたい。人類存亡の危機、と騒ぎ立てる背景にあるのは、11月に控えているアンソロピック社のIPOだ。Timit Gebruや、Astra Taylor、Naomi Kleinらは、人類の存亡に関わるほど知性に優れ、影響力の高い、高精度の技術だというある種の誇大広告に他ならないと批判を強めている。10月1日のインタビューによいてGebruは、人類存続の危機という抽象的な誇大広告によって、AIが現時点でもたらしている様々な実際の危害から目をそむけさせてしまっていることを問題視した。
【日本緊急公開決定】 『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』 ユヴァル・アブラハーム&ラヘル・ショール監督作 イスラエル軍関係者24名の証言をもとに ガザ民間人虐殺の真相を暴くドキュメンタリー 『𝗡𝗔𝗭𝗔 ナザ』10/24㊏より シアター・イメージフォーラム他にて https://t.co/j31Y0lymPB https://t.co/QRpOWhAG2U
— 映画『NAZA ナザ』10/24(土)緊急公開 (@nazamovie) October 2, 2026
そんな中、今日はNY市長のゾーラン・クワメ・マムダニ氏が、AI Now Instituteが主催したイベントに登壇(会場はイーストビレッジのウェブスターホール)初等教育でAIの利用を一年間ストップするモラトリアムを導入した経緯などを短く語った。イベントの模様はYoutube Liveで配信され、リナ・カーン、Karen Haoらも登壇している。ラッパーのKota the Friendも出ていてNYっぽい。
今回のイベントは、The People’s Assemblyと題していて、ニューヨークの批判理論とアクティビズムの土壌を感じさせる。Peopleというのは民衆と訳して解釈すれば良いし(例:ハワード・ジンのA People's History of the United States)そのあとにつづく集合体を意味するAssemblyは、オキュパイ運動当時の行為体New York City General Assembly (NYCGA)を彷彿とさせる。(もちろん、相手がマシンであるところの構成であったり、分散を指向し、ドゥールズ、ガタリのAssemblageも)
イベントの最後は、カレン・ハオがモデレーターとなって、ナオミクラインと Arundhati Royが話す、その演題も「「Another World is Possible(もう一つの世界は可能だ)」。


