2020年1月30日木曜日

新型コロナウイルスと誤情報の拡散

香港大学のジャーナリズム・メディアスタディーズ研究所がアジアニュース情報教育者ネットワークと協働で立ち上げたファクトチェックのためのプロジェクトで、新型コロナウイルスに関する誤情報をとりまとめてくれています。

香港大学が、2月17日まで開講延期となっていることを受けて、手軽にニュース等をキュレーションすることができるFlipboardというアプリを使って、新型コロナウイルスについての検証記事を集積したもので、英語に限らず、フランス語や日本語の検証記事も寄せられております。

現在のコロナウイルスに関するネット上の言論は、誤情報の温床となる要因が整っています。まず、ウイルスが新型でありわかっていないことが多く、情報が欠如していることです。これは、マイケル・ゴールビーウースキーとダナ・ボイドらマイクロソフトの研究者が、誤情報の原因環境を分析したペーパーで2018年に「Data void」(データが空である状態) と名付けています。

Data Voids

Michael Golebiewski of Microsoft coined the term "data void" in May 2018 to describe search engine queries that turn up little to no results, especially when the query is rather obscure, or not searched often.
実際にvoid状態にあったかどうか、検索トレンドを確認してみましょう。2020年1月の途中から急遽検索ワードとして上昇したのであって、新型ウイルスであることからすれば当然ですが、それまでは検索されておらず、それらのニーズを満たす検索結果も欠如していたことがわかります。

二つ目の要因として、異文化・多言語などの国際的な要因です。ウイルスは国境を越えて影響をもたらします。初期の発症は中国であり、中国語の一次情報を得て読解することが難しいという環境にあります。その後はWHOの公式見解などが英語で発表され、フランスやオーストラリアなど各国の対応策についても報道されるところとなります。いずれも国境・言語・文化を越えた解釈が必要です。武漢がシャットダウンされるとより、現地の情報を収集しづらくなってしまし、その一方でSNSでは現地人と自称する出所のわからない動画などが拡散されています。よく誤情報の温床となる事件速報に対する消費者向けガイドとしてWNYCがまとめた速報ニュースを見るときの9つの心得には、「事件と距離の近い地元メディアの報道に着目しよう」「複数の情報源を比較しよう」「最初は報道機関も間違えるということを意識しよう」などと書かれています。

しかし武漢が地元だという人以外にとって、現地メディアの情報を取得するのはハードルが高すぎますし、中国の報道の自由を考えると地元メディアや現地語ニュースさえも信頼しにくい状況にあり、ますますVoid状態を加速させます。AtlanticのHow to Misinform Yourself About the Coronavirus「コロナウイルスについて誤情報を受け取る方法」という逆説的な記事では、アメリカ英語圏において拡散された誤情報についてその背景として「ほとんどのアメリカ人は中国語を理解しない」「WeiboやWeChatを利用していない」ことから、WeiboやWechatを使って情報収集し英語でツイッターに投稿するだけで、塵が金の価値になるというメディア環境についても触れています。さらに米中二国間の政治経済的な競争も忘れてはならない要因の一つです。

記事では、公衆衛生学の研究者で博士号を持つユーザーがツイッターに投稿したSARSよりも危険だと主張する論文を読んだリアクションコメントが大いに注目されてしまい、のちにその論文に査読がなかったことや、配慮すべき数値や環境が不十分であることを指摘されツイートを削除しているのですが、誤解を招く投稿のほうが、指摘の事実を述べるほかのユーザの投稿より圧倒的に拡散されてしまっていることも罹れています。

ほかに、Buzzfeedでも指摘されていますが、身元不明のツイッターアカウント(Youtuberらしいが偽名)が、ひたすらコロナウイルスに関する動画をあちこちからリップして再投稿し、多くの人たちが情報源として誤って信頼してしまっています。

近年、誤情報の拡散に歯止めをかけようと伝統的な報道機関だけでなく、ネットニュース企業、プラットフォームも様々な対策を取り組んでくれています。例えばAFPは、コロナウイルスの誤情報の問題についてまとめた記事を公開しています。(正直、書き方はイマイチだと思う)。Buzzfeedは、ネットの誤報、誤情報と戦い続けてもう15年以上の経歴を持つ、打倒・誤情報のゴッドファーザーとも言えるRegret the Error創始者のCraig Silvermanが率いていることもあり、戦略的にも、いわゆる”Debunk”記事に力をいれています。

Youtube/Googleは、フェイクニュースや陰謀論対策として、2018年に「authoritative contents」の導入を発表して、信頼できる報道機関による情報を検索結果に対して優位に位置づける仕組みを始めましたが、今回も新型コロナウイルスについてより権威付けされた情報が結果に反映されるよう動いているようです。

Facebook, Google and Twitter scramble to stop misinformation about coronavirus

The rapid spread of the coronavirus in China and around the world has sent Facebook, Google and Twitter scrambling to prevent a different sort of malady - a surge of half-truths and outright falsehoods about the deadly outbreak.
2018年当時このauthoritative contentsの発表を聞いたときは、対策措置として動いてくれたことに安堵する一方、インターネットが目指したメディアって何だったんだろう…というちょっとした心の穴ができました。だって、その語彙といい、なんかもうthe end of the internet as we know it ネットのおしまい感が半端なくって、どう受け止めたらよいやら、という感じでしたし、今も受け止め方がわかりません(苦笑)。ちなみにAuthoritative Cotentsの仕組みは、例えば陰謀論者がよく「人類の月面着陸は嘘だった」と主張しますが、「月面着陸」と検索したときに、ブリタニカ国際大百科事典の説明を表示させ、さらに検索結果の動画のうち、信頼できる報道機関のアカウント(USA TODAYやNASAなど)の動画を上位にする、というものです。いや~陰謀論者は「Googleも一緒に隠ぺいしている!」と逆に燃えそうですが…。新型コロナウイルスはまだ百科事典にも載ってないでしょうし、英語と中国語で全く別のプラットフォームを使う別の言論空間でどのくらい効果が発揮できるものかなぁ、と💦

YouTube has a plan to boost "authoritative" news sources and give grants to news video operations (2018)

Google-owned YouTube on Tuesday announced a few improvements it intends to make to the news discovery and viewing experience. The platform has had a bit of a bad run recently: surfacing videos that accuse mass-shooting survivors of being crisis actors, hosting disturbing videos targeting children, ...


ファクトチェック記事も様々です。(例えば、INSIDERの記事は、アドブロックなしにはとても読めないぐらい広告が貼られています・・・)誤情報は悪、ファクトチェックは善と完全に決めつけずに、それぞれの媒体の特徴を配慮しながら読解するのがいい訓練になるように思います。(場合によっては書き方が不適切なファクトチェック記事は、かえって誤情報を拡散するとも言われています)

そして、生真面目に情報の真偽を確かめたいという場合、実際にどんなプロセスを踏めばいいのか、FirstDraftのチェックリストを見ておきましょう。(日本語字幕)

2020年1月28日火曜日

科学的クライシスで命が大事

新型コロナウイルスについて、報道が過熱しています。ウイルスの感染を防ぎ衛生に勤めるよう注意するのは結構なことですが、日本語圏のネット上では、病原への理解を深めないまま、恐怖を煽るようなコメントや移動の自由を制限する感情的なコメントが良く拡散されています。実際に中国当局は渡航禁止や移動の制限などに乗り出し、カレンダー通りであれば旧正月のにぎやかなひと時のはずが、帰省を取りやめたり、外出を控える人たちが少なくないようで人々も真剣に対応しているようです。一方中国語のネットメディア、いわゆる朋友圏においても、やはり同様に自体の深刻さや恐怖について記述した投稿が目につきます。

日本語圏で目についたのが、人命が大事なのだから、中国人の入国を禁止しろ、というツイート。主義主張についてはどうこう言うつもりありません。いくつか載せてみます。



新型ということで感染経路にしても、海のものとも山のものともわからないようなところはあるのかもしれません。危機管理という点では、渡航禁止等も一手ととらえるのも当局次第です。ただ、そこに急遽「命」という話が出てくるのに違和感を覚えると同時に、なんだか見覚えのある構造の文章だなぁと思いました。

今すぐ   禁止しろ!最優先だ!

なにか見覚えのある言い回し。東日本大震災後の放射能汚染と原発についてのつぶやきのことを思い出しました。 例えばこんなもの。

後者のほうが少々語気が穏やかではありますが。。
ちなみに前者のコロナウイルスに関してのツイートで命が大事といった人たちは、日の丸アイコン。後者の再稼働反対のツイートはネットでは、安倍政権に反対することからサヨクと言われることが多いようです。それぞれ全く別の政治的属性に区分けされますが、「命が大事」というところから演繹的に政治的なアクション(入国禁止や廃炉)を訴求しようと強く訴えたい。それぞれの主義や主張についていいとか悪いとかいうことではなく、なんというか科学的なクライシス(未解明の新ウイルス発症、原子力事故)が起こると、それに対して、何かを禁止すると命が守られる、もしくは何かを禁止しないので命が政治のせいで危険にさらされている、と解釈されることがあるのだなぁ、と思いました。

なんか似てたんで、並べたかったそれだけです。